2007年06月02日

アディダスの歴史

アディダスの創立者はアドルフ・ダスラーという人です。

1900年、クリストルフ・ダスラーの息子として誕生。
1920年、ドイツ・ニュルンベルク近郊のヘルツォーゲンアウラッハで、靴製造の会社「ダスラー兄弟商会」を設立し、兄のルドルフが販売、アドルフが生産を主に担当になります。
1948年、兄弟との対立により「ダスラー兄弟商会」を解消し、アドルフはアディダス社を設立。
兄ルドルフはRUDE社を設立。これが翌年、「プーマ」となり、以後ライバル関係になります。
1965年、テニスシューズ「ハイレット」を発表。後のスタンスミス。
1970年、オールレザーのバスケットシューズ、「スーパースター」発表。
1970年以降、アドルフの息子ホルスト・ダスラーが実権を握り、ホルストはスポーツ広告代理店ISLを電通と共同で設立し、スポーツをビジネス化しました。
アディダスは売上高世界一のスポーツ用品メーカーに。
1986年、ホルスト・ダスラーが51歳で病死。アドルフの娘たちとホルストの息子たちとの間での経営権争いもあり、アディダスの経営は迷走を始めます。
1990年、フランス人実業家ベルナール・タピが株式の過半を取得、経営権を握る。
1993年、銀行団主導でフランス人実業家ロベール・ルイ・ドレフュスが経営権を握り、アディダスは黒字化、復活を果たしました。
1995年、フランクフルト証券取引所に上場。
1997年、ウインタースポーツ用品メーカー、サロモンを買収。世界ナンバー2のスポーツ用品メーカー、アディダス−サロモングループになりました。
2005年、リーボック株を取得し、リーボックをグループに加える。10月25日、フィンランドのスポーツ用品メーカー、アメアスポーツコーポレーションにサロモン部門を売却。

会社名の「アディダス」は、アドルフの愛称「アディ」と「ダスラー」をつなげたものだそうです。

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2007年06月01日

アディダスジャージ

ジャージでおなじみの三本線のアディダスロゴは有名ですよね。
アディダス(adidas)は、世界的に有名なドイツのスポーツ用品メーカーです。
なんとサッカー日本代表のユニフォームは、現在はアディダスが提供しているんです。他にも日本だと、横浜F・マリノス、FC東京、読売ジャイアンツ、早稲田大学なんかともアディダスは契約しています!

一口にジャージといっても様々なデザインがあるのですが、人気が高いのは、学校の体操着なんかでも定番の、上衣の左右両方の肩から袖、パンツの腰から裾までラインの入ったジャージです。
このジャージのデザインは、もともとは有名メーカーのアディダスが採用したデザインが広まったものとされています。
サッカー選手などが着用するジャージの多くもこのアディダス風デザインで、人気のあるデザインなのです。

最近では、男性には青色と白色のアディダスのジャージ、女性にはピンク色のアディダスのジャージが人気があります。
ニックネーム アディダスのジャージファン at 23:18| アディダスジャージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 

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